珍連載コラム7. 「人生で一番大切なことは、海と蕎麦屋が教えてくれた」


潮の香が流れ、顔を上げました。
東京都港区芝の路上、もう十年近くも前の初夏の夕暮れ、東京で勤めていた頃です。
その時、初めて東京が海に面した街であることを実感しました。
一緒にいた人に、ああ、潮の香りだ、と言っても東京で生まれ育ったその人は妙な顔をするばかりで、島で育ったことを自慢したくなったものでした。

今でも梅雨の合間の快晴の日などには、そんなことを思い出し、同時に思い出す蕎麦屋があります。東京にはたくさんある砂場という屋号の一軒で、「虎の門砂場」というその店は、戦災に焼け残ったとおぼしい古い木造の二階建で、会社の近所にあったので特に初夏の夕方にはよく帰りに立ち寄り、夕食代わりに一杯やっていたものでした。
二、三年前新聞を見ていると第二面に掲載されている首相動静欄で、小泉首相がその店で会食した、という記事を見つけ、小泉首相もずいぶん庶民的な所で会食するんだなあ、と思ったものでしたが、後に或る雑誌の蕎麦屋の特集を見ていると、その店が実は数ある砂場の中でも本家本元であることを知り、驚かされました。
だって、もり蕎麦一杯五百円くらいの店ですよ。

そういえば・・・、その店でビールなり日本酒なりをたのむと、突き出しに昆布の佃煮が出てきます。蕎麦つゆのだしをとった後につくったとおぼしきその一品は、肉厚な昆布を香り高くやわらかく仕上げてあり、そこで酒を呑むときの楽しみの一つで、そして、お釣りのお札は、いつも新札で返してくれたものでした。

今から考えると半可通そのものなのですが、後輩の新入社員を引き連れていって蕎麦屋酒の楽しみ方を講釈したのも、楽しい思い出です。・・・が、何、ほとんどは池波正太郎さんの受け売りなのですけど。私は、その店で東京の粋というものを教えてもらったと感じています。
それがなければ、私にとって東京という街はただ人が多いだけの場所に終っていたとさえ思い、たとえその店がビルになってしまっても、店の人にお客に心意気があれば、いつまでも粋な店でありつづけるでしょう。
東京には、そんな余裕を持ち続けてほしいものです。

私の知る限り、いわゆるグルメ本で、その店を紹介したものはありません。