珍連載コラム4. 「見のしたものを見よ」


仕事でよく広島市と呉市の間を往復します。
イラク派兵が閣議決定する数日前から、呉と江田島の間の海に自衛艦があわただしく動き始め、そろそろ派兵が決まるのかな、と思って見ていましたのは「先達」があってのことで、それは私の郷里の周防大島の人たちです。

周防大島の広島湾側、柱島との間の海域は、戦前から連合艦隊の停泊地となっていて、何の前触れもなくいっせいに全ての軍艦が出航していった数日後、島の人びとは真珠湾攻撃を知り、そして、ミッドウエー海戦の大勝利が伝えられた後に帰航して来ましたが、艦隊の中に空母の姿はありませんでした。そこで島の人は口にはしませんでしたが大本営発表よりも確実に減ってゆく目の前の艦隊の様子から戦況を知りました。

この挿話が載っている「東和町誌」(山口県東和町刊)の大部分を執筆した宮本常一先生は、十五歳の時に働きながら学校に通うため、島を出て大阪に行きます。
その時、島を出る宮本少年に父親は
「世の中に出ても、これだけは忘れないように」
と言い、十か条の言葉を書き取らせます。
宮本常一の自叙伝である「民俗学の旅」(講談社学術文庫)や、宮本常一の最初のまとまった評伝である佐野眞一さんの「旅する巨人」(文藝春秋社刊)の中でもとりわけ感動的な下りです。
少し長いのですが、全て書き写しておきます。

(1)汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ。田や畑に何が植えられているか、育ちが良いか悪いか村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺か、そういうこともよく見ることだ。駅へ着いたら人の乗り降りに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働く所かそうでない所かよくわかる。

(2)村でも町でも新しくたずねていったところは必ず高いところへ上って見よ。そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようことはほとんどない。

(3)金があったら、その土地の名物や料理は食べておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。

(4)時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。

(5)金というものは儲けるのはそんなに難しくない。しかし使うのが難しい。それだけは忘れぬように。

(6)私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない。好きなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十過ぎたら親のあることを思い出せ。

(7)ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。

(8)これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。

(9)自分でよいと思ったことはやってみよ。それで失敗したからといって、親は責めはしない。

(10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。

「もし言葉に宝石というものがあるとすれば、これはまさに宝石のような輝きをもった言葉だと思うんです。それを、小学校も出ていない、ごく普通の人が言葉として持っていた。このことにぼくは激しく感動するんです。」
(宮本常一のまなざし 佐野眞一著 みずのわ出版刊)より

善十郎という宮本常一の父親は、幼い頃から働きづめに働き、ろくに学校にも行けない人でした。長じてからはあちこちに出稼ぎに行き、移民としてフィジーに渡り、失敗して命からがら故郷に帰ってきたこともあり、宮本少年は、どちらかといえば教育のない父を軽蔑していたのですが、その父が、これだけの叡智にみちた言葉を自分に与える。
父はどこでこのような叡智を身につけたのだろう、と考えたことが、宮本常一のそれから六十年にもおよぶ庶民の叡智を訪ねる旅の始まりでした。

本当の叡智は、かつて、庶民の中にありました。
そういった叡智を、現在の人は失ってしまったように見える。
どうしてそうなってしまったかを論じればきりがありません。
しかし、本当に失われたのだろうか、と私は思っています。
何百年もかけてつちかわれた叡智が、たかだか何十年のことで失われるものだろうか。

この五月十八日に、周防大島文化交流センターという正式名称で、宮本常一記念館が開館します。
日本の庶民の叡智が結集する場として、この記念館を機能させなければなりません。

ここで業務連絡です。
五月十八日の周防大島文化交流センター、通称宮本常一記念館のオープニングに、記念館隣の東和町総合センター(山口県東和町平野)で、宮本常一にゆかりの深い芸能関係の方々が公演を行います。
永六輔さんのプロデュースで、鼓童のメンバーによる和太鼓演奏や猿舞座による猿回しなどが予定されています。
平日(火曜日)ではありますが、ご用とお急ぎでない方はぜひお越しください。
詳細は追って報告します。

周防大島郷土大学オフィシャルサイト(宮本常一ファンサイト)

宮本常一データベース