珍連載コラム10. 「17歳たちよ!


伊丹十三の文庫本を書店で見かけて、懐かしいなと思い手にとって見てみると版元が変わっているのに気がつきました。
私の記憶ではずいぶん以前から品切れになっていた文春文庫や中公文庫で出版されていたものを表紙のデザインは変わらず新潮文庫から出版されたようで、その中の「ヨーロッパ退屈日記」をふと手にとり、この本を愛読していた高校生の時分を思い出し、ひさしぶりに読み返してみることにしました。

そう言えば、かつて伊丹十三のエッセイで初めて知ったことは数知れません。
スパゲッティにアル・デンテというゆで方があること、フランスにはペタンクという玉遊びが存在すること、スポーツカーの正しい運転の方法などなど。

それらエッセイ集にいろんなことを教えられ、知っていたつもりでしたが、
あらためて読んでいくとずいぶんと多くの発見がありました。
それは二十年余を時を経て、伊丹十三のいかにも退屈を楽しみ尽くしている様子が、ようやく理解できるようになったからで、そして、この本に新たに収められた関川夏央氏の解説により、伊丹十三が十七歳の時、京都から島流しのように松山東高校に転校し、更に松山南高校に移って卒業した時には二十歳になっていたことを知りました。

そんな伊丹十三のエッセイで数知れず知った事の中で、もっとも心に留まったのは、


「人生にも海の真中まで漕ぎ出して漂う、夏の盛りのような時期がある」


と、いうところです。

「夏の盛りには、時間はほとんど停止してしまう。
たぶん一年の真中まで漕ぎ出してしまって、もう行くことも帰ることもできないのだろう、
とわたしくしは思っていた。
あとで発見したのであるが、人生にも夏のような時期があるものです。」

少年犯罪の報道を聞くたびに、私はこの文章を思い出します。
唐突ですが、あなたは十七歳の時、人を殺したいと思ったことがありますか。私はあります。
しかし、私は殺さなかった。
その後の人生でも何度も危機はあったが、何とか乗り切ってきた。
それは知識としてであれ、「人生にも夏の盛りのような時期がある」、と知っていたからだと思います。
アル・デンテにゆでたスパゲッティなぞ当たり前になった現在ですが、多くの十七歳たちに伊丹十三が高校生の頃のことを書いた「ヨーロッパ退屈日記」巻末近くのこの文章は読んで欲しく、何かを感じてくれればと願います。

伊丹十三が自殺という形で亡くなり、もう八年になります。
亡くなった直後はその理由が週刊誌などで様々に報道されました。
しかし、伊丹十三はどこか遠くまで漕ぎ出して、還って来られなかったのだろう、と私は思っています。
伊丹十三は、最期まで多感で、潔癖で、未完成な十七歳だったのです。